端午の節句

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端午の節句
昔、中国では同じ数字の月と日が 重なる日に御祝いをする風習がありました。 端午の節句は月初めの“午の日”の事を指し、 初めは5月に行われる行事ではなかったようです。午の「午」という字を違う読み方で 読むと“ご”と読め、 午と漢数字の五をかけて、毎月5日の事を指すようになり、 そして、“5月5日”を端午の節句と 言うようになったと伝えられています。 端午の節句では、“邪気をはらう力”が あるといわれる、菖蒲(しょうぶ)を 家の中に置いていました。 後に中国から日本にも伝わり、端午の節句の元の由来となりました。
実はこの習わしが伝わる以前日本には、「五月忌み(さつきいみ)」という別の習わしがあったそうです。五月忌みとは、田植えを行う前に若い女性たちが自宅にこもって、身も心も清める儀式をしていました。 この「五月忌み」と中国から伝わってきた菖蒲を使った習わしが混合され、家の屋根に菖蒲がしかれたり、身を清めるために“菖蒲酒”が 飲まれるようになりました。
この日は別名・菖蒲の節句とも言い、もともとは厄除け・魔除けが行われる日でした。現在のように男の子の節句になったのには、「菖蒲」の音が「勝負」や「尚武」に通じるからと言われています。
 
端午の節句 に「鯉のぼり」を立てるようになったのは、江戸時代の中頃。わが家に男児が誕生したと天の神に告げ、「この子を守ってやって下さい」と守護を願って目印にしたものが鯉のぼりの始まりです。江戸時代武家に男の子ができたら玄関の前に馬印やのぼりを立てて祝う風習がありました。それが一般にも広まってのぼりを立てるようになり、庶民によって鯉のぼりが考案されました。
「鯉の滝登り」という言葉はご存知だと思います。
中国の黄河の中流に激流が連なった難所があり、そこは「竜門」と呼ばれていました。下流からいろいろな魚が群れをなしてさかのぼってきますが、鯉だけが滝を登りきって竜になるという故事です。「鯉が竜門の滝を登ると竜となって天をかける」という中国の故事があります。「登竜門」という「男児の成長と出世を願う」言葉になりました。 登竜門の話を<鯉のぼり>という形で、青空を泳がせるという発想は、世界に類を見ない日本人独特のものです。
鯉は立身出世のシンボルとされ、普通縁起がいいとされるものは食べることが多いですが、なぜ「鯉のぼり」として飾ったのでしょう?もともと鯉は清流だけでなく、池でも沼でも生きられる生命力の強い魚です。この中国の伝説から、鯉のぼりは環境の良し悪しにかかわらず立派に成長し、立身出世するように願って飾られるようになったとも言われています。
初期の鯉のぼりは真鯉(黒い鯉)だけでしたが、やがて真鯉と緋鯉の二色となり、さらに青鯉も加わって家族を表すようになっていきました。
黒の真鯉がお父さん、赤い緋鯉がお母さん、青や緑は子供たち。それ以外では緑色や黄色、オレンジ色、紫色など、女の子や次男、三男のお子さんなどのために各色が出現しています。
鯉のぼり先端の回転球の意味は、「神様が降りてくる目印」で、この家に男児がいることを知らせるためのもの。真鯉の上を泳ぐ吹流しは「子を脅かす悪いものから守ってください」という魔除けの意として付けられています。吹流しには青(緑)、赤、黄、白、黒(紫)の五色が使われますが、「神道の5色」と言われ、古代中国に伝わる「五行説」に基づいています。五行説とは「木・火・土・金・水」の5つの元素が互いに助け合ったり、打ち消し合ったりしながら、すべての物事が循環しているという思想を言います。5つの元素を色にあてがい「木=青(緑)、火=赤、土=黄、金=白、水=黒(紫)」を意味しています。この思想を吹流しにあてがい、子供に悪いことが忍び寄っても、これら万物を成す5つの元素が守ってくれると信じられているのです。

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