赤い羽根共同募金

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赤い羽根共同募金
赤い羽根共同募金は、1913(大正2)年に、アメリカのオハイオ州クリーブランド市で初めて実施され、現在まで続いています。日本では、1921(大正10)年に長崎県で始めての共同募金運動が行われましたが、惜しくも1回で終ってしまいました。全国的に展開した共同募金運動の第1回目は、第二次世界大戦後、1947(昭和22)年に「国民たすけあい運動」として戦後の荒廃した社会の中で生まれました。戦災孤児、失業者、海外引揚者がまちにあふれ、また一方では戦災で多くの社会福祉施設が焼失し、免れた施設も物価の高騰などで運営が大変苦しい時代でした。
こうした状況下で、民間の社会福祉事業を守り育成していくためには、国の施策だけでは間に合わず、そのための財源確保が急務となり、「たすけあい・自助」の精神を基調として「共同募金」が始まりました。
「困ったときはお互いさま」の気持ちから、第1回目の共同募金運動ではおよそ6億円の寄付金が寄せられ、現在の貨幣価値にすると、1,200億円に相当するといわれています。
また、呼びかけに応じて拠出をすると、協力者の証明として鶏の羽を赤く着色した物をもらえることから、「赤い羽根」「赤い羽根共同募金」とも呼ばれています。
この赤い羽根は、アメリカにおいて共同募金の象徴として、「ロビン・フットあるいはアメリカ先住民の戦いの勝者にのみ赤い羽根を着ける権利が許されたという故事に由来し」使われていたものを、日本でも戦後の混乱期に、当初金属製のバッチだったものから、コスト削減のためこれにヒントを得て日本でも昭和23年の第2回運動から使われています。しかし現在アメリカでは使用されていません。
また、アメリカの共同募金は自主的なものですが、当時のGHQの指示でそれを日本でも行う際、募金を自主的に行う団体が立ち上がるまでの暫定措置として自治体やその関係機関で募金を行っていたところ、占領が終わっても自主団体が立ち上がらないまま現在に至っています。
各都道府県内で「共同募金」に寄付したお金は基本的に寄付した都道府県内の社会福祉に使われ、県外や国外に使うことはできません。しかしながら、2000年より災害等準備金制度が創設され、国内で大規模災害が発生した場合には、県外の被災地の災害ボランティアセンター等の運営を支援するために拠出することができるようになりました。
地域によって募金グッズとして募金バッジ、ハンカチや図書カードなどのプリペイドカードによる募金を行っているところもあり全国一斉ですが地域の実情に応じた募金活動がなされています。

「赤い羽根共同募金は1人10円」とよく耳にしますが、これは、昭和22年に行われた第1回運動の1人当たり寄付の目標額が「9円」であったことから、「寄付額は10円」という呼びかけが行われ、これが今なお影響しているようです。
共同募金運動は、毎年10月1日から12月31日まで、厚生労働大臣の告示を受けて、全国一斉に展開されます。10月から12月までは「一般募金」を、12月中には「歳末たすけあい募金」を合わせて実施します。また、この期間外でもさまざまな募金活動(災害支援など)が行われています。

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